はっちゃき娘ズplus☆

左心低形成症候群の娘、きょうだい児の2人、ひとり親、ドタバタの日々。

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順調ではない妊娠経過と子どもの心臓病

三女は、左心低形成症候群(HLHS)という生まれつきの心臓病です。
これは、三女を妊娠中の記録になります。

これから私が残しておくものが、誰かにとって価値のあるものになるのかはわかりません。
命を喪うかもしれない恐怖。
まったく順調ではない妊娠経過の中で、自分の弱さ、愚かさ、浅はかさ、ネガティブな部分ばかりと向き合う時間。
私にとっては人生が大きく変わった経験でした。

記録は時系列になっています。
心疾患については、2015.07.16(33w4d)以降の記録です。

 

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妊娠前のつらいできごと

2012年2月、私は子宮内容除去術を受けました。
稽留流産でした。

たった1度きりのこと、それでも私にとっては辛いものでした。
心身ともにバランスを崩し、立ち直るまでには少しだけ時間がかかりました。

その後再び妊娠を望んだのは2013年8月。
婦人科を受診し、採血やエコーなど基本的な検査をしました。

「ホルモンの値が低く、恐らく自然妊娠は難しいだろう」

医師から伝えられた言葉に動揺しました。
原因不明と聞かされていた流産も、私の責任だと思い始めてしまったのです。

もう妊娠する力がないのに、望んだからではないか。
私が殺してしまったのと同じではないか。

何度も悩んで泣いて、気持ちの整理がついて。
今の生活で十分ではないかと思えるようになった頃、妊娠が発覚しました。

 

妊娠2~3ヶ月の記録

2014.12.18

基礎体温、いつもより0.2℃ほど高くなる。
以降ずっと36.9~37.1℃の間で推移、2段上がりかもしれない。
基礎体温の高体温期が2段階になっていると、妊娠(着床)している確率が高いと言われている。

 

2014.12.19

少量の出血があった、違和感。
日数的に着床出血のタイミング。  

 

2014.12.22

酷い眠気。
生理予定日の頃、フライング妊娠検査薬で陽性。  

 

2014.12.27

年末年始になるため少し早いけれど婦人科受診。
胎嚢のみ確認。  

 

2015.01.02

軽い目眩が始まる。  

 

2015.01.05

突然、食事があまり取れなくなる。

3日間で体重-2.0kg、納豆ごはんとレーズンパンが命綱。
嘔吐はなし。

 

2005.01.10

婦人科受診、心拍確認できて一安心。

少しずつ目眩が治まり、食事も取れるようになってくる。
マカロニサラダが大好物でマヨネーズ命の時期。

 

2015.01.24(8w6d)

婦人科受診。

出産予定日8月30日、子どもたちに妊娠を報告。
ゆず姉が泣いて喜んでくれる。

 

2015.02.12(11w4d)

学校関係(PTA事務局やサークル)の活動再開。

 

妊娠4~6ヶ月の記録

2015.02.19(12w4d)

夜からおなかに張りが出る、翌日にかけて少し強くなる。  

 

2015.02.21(12w6d)

婦人科受診。
張り止めであるズファジラン処方、1日3回。 学校関係と幼稚園(クラス委員)の活動、内職禁止、極力安静に。  

 

2015.03.06(14w5d)

妊婦健診。 体重-0.35kg、腹囲75.0cm。
ズファジラン処方、1日3回→2回。
数日後からおなかに張り。  

 

2015.03.16(16w1d)

婦人科受診。
子宮頸管長3.8cm。 4ヶ月を過ぎたので張り止めはウテメリン処方、1日4回。

今日はハナの卒園式。

 

2015.03.24(17w2d)

初めての胎動を感じる。

この時期、ゆず姉の参観日、ハナの入学受付、入学写真撮影、ハナの入学式…… 長時間の外出が続く。

 

2015.04.03(18w5d)

妊婦健診。
体重+0.3kg、腹囲75.5cm。
ウテメリン処方変わらず。  

 

2015.04.11(19w6d)

タツ布団を踏んで転倒、数日後からおなかに張りが出る。  

 

2015.04.14(20w2d)

婦人科受診。 子宮頸管長3.7cm。
ウテメリン処方、1日5回。  

 

2015.05.08(23w5d)

妊婦健診。 体重+2.1kg、腹囲76.0cm、子宮頸管長3.08cm。
ウテメリン処方変わらず。

入院への不安がある中で担当医から「危険人物」「要注意人物」と言われ、受け入れられない。
洗面、食事以外を寝て過ごす生活。
家事全般を元夫と子どもたちにお願いしなければいけない。
不甲斐なくて涙が出る。 5月17日、実家の両親が食事の支度をするためだけに、片道3時間のところを日帰りできてくれた。
とても元気づけられた。

 

妊娠7~9ヶ月の記録

2015.05.20(25w3d)

婦人科受診。
担当医を変更してもらい、あらためて頸管長など経過を見てもらう。
子宮頸管長3.06cm。
ウテメリン処方変わらず。

頭は下がっているけれど、内子宮口の状態に問題はない。

 

2015.05.29(26w6d)

婦人科受診。
子宮頸管長3.8cm。
ウテメリン処方変わらず。
3時間置き、最大1日8回まで服薬の許可が出る。
漢方もあわせて処方される。

逆子(というか斜め)になっていた。
前日夜から強めの張り、おりもの検査の結果から早産の傾向はなし。
現状、入院になる要素はなく「とにかくおなかの張りが強いだけ」らしい。
寝たきりになる必要もないと言われる。
自分の体と相談しながら、普通の生活をしていいとのこと。
翌日、ずっと「無理だ」と言われていた小学校の運動会に参加できた。
担当医を変えて本当によかった。

 

2015.06.04(27w4d)

妊婦健診。
体重+2.55kg、腹囲74.0cm、子宮頸管長3.3cm。
ウテメリンの処方変わらず。

性別判明、女の子。
逆子が戻っていた。
頭は下がっているけれど、内子宮口の状態に問題はない。
「押すと上がるんだけどね」と先生笑う。

 

2015.06.18(29w4d)

妊婦健診。
体重+3.5kg、腹囲76.0cm、子宮頸管長3.7cm。
ウテメリン処方変わらず。

「体重は気にしなくていい」「妊娠生活を楽しんで!」という担当医の言葉に励まされる。
推定体重1000g超。

 

2015.06.19(29w5d)

右下奥歯、左下奥歯が同時に痛み出す。
翌日歯医者受診、神経治療をすることになった。  

 

2015.06.29(31w1d)

おなかの張りが少し強くなる、様子見。  

2015.06.30(31w2d)

妊婦健診。
体重+4.25kg、腹囲75.0cm。
子宮頸管長3.2cm。
ウテメリン処方変わらず。

頭は下がっているけれど、内子宮口の状態に問題はない。
推定体重1500g超。

 

2015.07.16(33w4d)

妊婦健診。
体重+5.5kg、腹囲80.0cm、子宮頸管長3.49cm。
ウテメリン処方変わらず。

頭はしっかり下がっているけれど、内子宮口の状態に問題はない。
ゆず姉とハナも小さめだったので、これまでの経過はある程度想定内だった。
それでも何かの疾患が原因で、発育不全になっていないかと、エコーは丁寧に見てもらっていた。
特に心臓付近をよく見ていたという印象はあった。
これまで先生は「問題ない」と言っていた。
ところが今日のエコーで、心臓に疾患の疑いが見つかる。
「今までは大丈夫に見えた」「専門医じゃないから何とも言えない」とのこと。
区内の総合病院で、胎児心エコーを受けなければならなくなった。
心疾患が見つかればそのまま転院→出産→経過観察、となる。
物凄く不安。
連休明けに確認の電話があり、その週のうちに受診することになりそう。
ゆず姉がいつものように「楽しみ」「無事に産まれてきますように」嬉しそうにしている姿に涙が出てくる。
本当ならバースプランを話す日だったのに。

 

2015.07.20(34w1d)

小児循環器受診。

複雑心奇形の疑い、病名は確定ではないけれど「重度の心奇形を持って産まれてくる」ことは間違いないと専門医の言葉。
染色体異常、死産、誕生死の可能性や、延命、そのまま看取ることについて。
あと1ヶ月後には元気に産まれてくると思っていた命。
疑いがあってから自分でたくさん調べて、たどり着いていたいくつかの病名や手術名が専門医の口から次々出てくる。
計3度の開胸手術。
助かって生きていける可能性は十分にあるけれど、「障害者」として生きていく。
たくさん笑って走り回って遊んで、子どもたちが楽しみにしていた生活。
その夢が根底から崩れた。
ゆず姉やハナに何て説明しようか?
それを考えれば考えるほどに涙が止まらなかった。
気持ちの整理がついてから、きちんと説明しようと思っていたけれど無理だった。
心細くて悲しくて、家族の顔を見たら声をあげて泣かずにはいられなかった。
ゆず姉やハナにも全部を話した。
出産自体は今のところ経膣分娩でいいとのこと。

 

2015.07.22(34w3d)

転院手続きのため、総合病院の婦人科受診。
助産師指導でバースプランの用紙を渡されるが、到底書けない。

小児循環器の専門医が、元夫に直接説明してくれる。
あらためて先生から聞かされるのは染色体異常への懸念。
心奇形や低体重から疑われるのは、ダウン症ではなく、18や13のトリソミー。
トリソミーがあれば、全身状態が悪いので延命すら出来ない可能性がある。
痛いほどに胎動を感じるのに、死産の可能性は少なくないなんて到底信じられない。

 

2015.07.29(35w3d)

妊婦健診。
体重+6.0kg、腹囲78.0cm。
子宮頸管長3.1cm。

羊水過少のため管理入院するよう言われる。
できるだけお腹の中で大きくしてから、経膣分娩でいけるのではないか。
帝王切開のための術前検査もしておく必要がある。
「申し訳程度」と担当医が言った羊水量は、標準の4分の1か5分の1。
それでどうやって生きているのだろう。
相変わらず胎動はしっかりと感じられる。
子どもたちのことがあったので、1日だけ待ってもらい明日入院することに。

 

2015.07.30(35w4d)

総合病院へ管理入院。

やはり羊水量は少なく、推定体重もやっと2000gを超えたところ。
このままでは、土日を超える前に胎内死亡になる可能性が高いので、明日緊急帝王切開することに。
内診の様子から「まだ2~3週間は産まれそうにない」「そこまで赤ちゃんは持たない」

 

妊娠経過を振り返って

心身ともにつらい妊娠期間でした。
特に心疾患が発覚して以降は、どうしていいかわからず泣き暮らし。
しっかりと向き合うのだと心が決まったのは、帝王切開が決まった瞬間でした。

たくさん苦しんで、悩んで、泣いて、必死に向き合った記録も残しました。

障害者に対して「かわいそう、大変だ」という目を向けていたこと。
私の中に無意識に存在していた障害者差別もわかります。

知りたくない、理解などできない、受け入れたくない。
子どもの障害がわかった時に、それをすんなりと受け入れることができなくても、それは当たり前なんです
悲しくても、悔しくても、そのまま感じることが大切。

奇跡は日常の中にあります。
普通に見えれば見えるほど、それは奇跡なのだと思い知りました。

三女を妊娠・出産した経験は本当に宝物です。

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